場外乱闘はどこまで続く

こんばんはMauiiです。創価学会と反創価学会、この二つの立ち位置だけから物事を見ていると判断を誤りますよ。判断するときにはこのようなレッテルは実は邪魔なだけだと思うのです。

さて関連記事はUPされてませんからコメントから「これは?」と言うもの抜き出してみましょう。
まずは9月08日の【番外編】朝木事件ウオッチャー・ブログの正体(6)「おはら汁の人格攻撃に司法の判断下る」から行ってみましょう。
少し長いのですが・・・

本件関連の記事に対するコメントをよく見れば創価信者の人がいることがわかります。以前にもコメントさせていただいたように、創価信者特有の「特徴的な言葉遣い」が随所に見られます。創価信者の人以外でコメントをされている皆さんはもうお分かりになられましたよね。大体、創価信者のコメントはこういった具合の「言葉遣い」なのです。これらを踏まえて、今後の参考になさってみてください。
(サンプルとして資料代わりにいくつかのコメントをとっておくというのも今後の役に立つかもしれませんね)


それと、創価信者による投稿の中で、くだらない誹謗中傷や罵詈雑言、挑発といったコメントにはいちいちまともに反論したり相手することなく、構わないようにしましょう。そして私たち国民大衆によって良識的なコメントによる糾弾を展開するんです。
創価サイドはあの手、この手で相手(この場合私たち)の神経を逆撫でするようなコメントを投稿してくるでしょうが、よっぽどの内容でない限りは相手にする必要はありません。そして、多くのコメントが投稿される中で、本当の「通りすがり」の方や「第三者」の方々が読まれるでしょう。そのとき、どちらのコメントにこそ分があるかがハッキリとわかってくるはずです。
もちろん「創価らしさ」もはっきりとわかるわけです(実は、まったくの「ど素人」の人、無関心層の人のほうが「創価らしさ」の分別をつけるのが長けていたりするんですよ)


私たち国民大衆は、今後とも本件のみならず創価教団の不穏な動向にはまだまだ目を光らせていかねばならないようです。
Posted by せと弘幸blog「日本よ何処へ」読書会 at 2008年09月08日 19:59

せと弘幸blog「日本よ何処へ」読書会さんは所謂常連さんでしょう。
どのように創価認定するのかよくわかりますね。
あとあのBlogにコメントを書く込むときは最後まで切れないないようにしましょう。いくら理路整然とコメントを書いていても切れてしまってはなんにもなりません。切れそうならROMに戻りましょう。

公人とは

名誉毀損が成り立ちにくくはなっていますが、何を言っても構わないわけではありません。だそうですよ。


狭義の公人は、法律上の公務員(一般職・特別職の両方を含む)を指し、政治家・高級軍人・上級公務員・検察官・裁判官・警察幹部等を指す。

一般的な意味では狭義の公人に加え王族・皇族・貴族、政治運動家等の政治に携わっている人物を含める。

国が認めた試験(国家試験)に合格した者が公人というわけではなく、合格しても国・政治に携わる職に就いている、または任命されていなければ「公人」には含まない。

広義の公人は、有名人とほぼ同義である。但し犯罪者は「有名人」には含めても「公人」には含まない。また、一般的な公人以外の有名人はみなし公人と呼ばれる。

今回の矢野・朝木市議がサイバーエージェントを訴えた裁判ですが、控訴したらひっくり返る可能性が大です。おはらさんの書いたことによって社会的な評判が低下したかどうかが争点になるのかな?

他人の社会的な評判を低下させるような文章であっても、次の3つの条件を満たしていればよいとされます。

  1. 公共の利害に関わる事実を述べていること
  2. 専ら公益を図る目的で書いていること
  3. 内容が真実であることが証明できるか、真実であると信じる相当の理由があると証明できること

これらの条件が全て満たされた場合には、名誉毀損だけれども違法ではない、という状態になります。そこで、他人の名誉を低下させても、それについて書き手は法的責任をとらなくてよいことになります。

こんな文章も見つけました。なるほど、なんだかひっくり返せそうですね。
ちなみにC.I.Lでは矢野穂積とサイバーエージェントの間で争われていた裁判の判決文と、瀬戸弘幸氏への警告と要求がUPされてます。